協会報第126号

『自賠責保険診療費算定基準〜いわゆる新基準の過去・現在・未来〜』

会長 浦田士郎

【交通事故発生件数の変遷】 我が国では昭和30年代から、交通事故の発生件数、負傷者数が共に激増し、昭和40年代半ばに第一次交通戦争とも称されるピークとなり、それ以降減少に転じたものの、昭和50年代半ばから、再び増加に転じ、死者数は平成初頭に第二次のピークを迎えた。平成5年以降、死者数は再び減少に転じたが、交通事故発生件数及び負傷者数はともに増加傾向がつづき平成12年頃には第一次を上回る勢いとなった。その後交通事故発生件数及び負傷者数は平成17年から令和4年まで18年連続で減少し、令和5年の交通事故死者数は2,678人となり、過去最多であった昭和45年の16,765人の1/6にまで減少している。なお交通事故死者数に占める65歳以上の者の割合は5割を超える高い水準で推移している。

【自賠責審議会答申と三者協議】 交通事故診療費は法令等に明確な基準がなく、地域や医療機関ごとの請求額格差や過大請求などが問題となっていた。昭和44年10月に大蔵省(当時)の諮問機関である自賠責審議会が、自賠責保険独自の診療報酬算定基準の策定と支払い方法の適正化を答申し、議論はなされたが基準策定には至らなかった。その後、前述のように交通事故件数の激増による自賠責保険財政の逼迫を背景に、昭和59年の同審議会で再度、自賠責保険の診療報酬基準を策定すべきとの答申が出された。この答申では、日本医師会・日本損害保険協会・自動車保険料算定会(現・損害保険料率算出機構)の三者協議によって診療報酬基準を策定し、全国的に普及浸透した段階で、制度化を図るとの内容が盛り込まれていた。この答申に基づいて三者が協議を重ね、平成元年6月に合意が成立し、「自動車保険の診療費については、現行労災保険診療費算定基準に準拠し、薬剤等『モノ』についてはその単価を12円 とし、その他の技術料についてはこれに20%を加算した額を上限とする」自賠責診療費算定基準が交通事故診療における診療報酬の算定基準(自由診療)として策定されるに至った。この基準は日医基準新基準とも呼ばれている。この基準は各都道府県医師会に設置された三者協議会で協議の上、合意した都道府県単位で導入する運用となっており、平成2年の栃木・青森・広島・徳島の四県に始まり平成27年の山梨県の合意をもって全都道府県での合意が果たされた。ちなみに愛知県での合意は平成7年であった。健康保険よりも診療内容の充実が図られていること及び三者合意による診療報酬算定方法であるため、紛争解決機能も有すると期待されているが、あくまで申し合わせに過ぎず法的な拘束力はない。

【愛知県における協議会形成】 国の審議会答申に呼応して各都道府県レベルでも協議会形成が進み、愛知県では昭和60年9月1日に愛知県医師会・愛知県損害保険協会名古屋地方委員会(現:同協会中部支部)・自動車保険料率算定会中部地区本部(現:損害保険料率機構中部本部)の三者によって愛知県損害保険医療協議会が設置された。交通事故診療報酬請求や支払いに係る事項、医療機関と損害保険会社間の紛争の仲介等を協議事項として、協議会から委託を受けた事項についての協議・審議・調査等を行い処理するための下部会議体として専門委員会が設置された。長年にわたりこの専門委員会の運営は愛知県労災指定医協会が担ってきたが、会則に明確な規定のないまま経過してきたため、令和6年4月1日付で愛知県損害保険医療協議会専門委員会に関する内規の見直し改訂が行われた。愛知県医師会は専門委員会運営にあたり、その事務を愛知県労災指定医協会事務局に委託すること、委員は愛知県医師会会長から委任を受けた愛知県労災指定医協会会長が選任すること、選任に当たっては、愛知県外科医会会長、愛知県整形外科医会会長からの推薦を参考とすること、委員の任期制を定めること、愛知県労災指定医協会会長は委員の中から委員長を指名すること等の内容が明記された。

【自賠責診療費算定新基準の現状】 新基準は全ての医療機関に対し強制力を持つ制度ではなく、各医療機関に採用判断を委ねる手挙げ方式で運用されており、平成30年時点の新基準移行率は全国平均で約6割であり、都道府県単位では、約9割強から2割弱までばらつきが大きく、引き続き新基準の普及が必要である。また、独占禁止法の観点では、公正取引委員は都度「制度化を前提として独禁法上問題視しない」主旨の発言をしていることから、新基準の診療報酬を将来的に確保・維持するためにも制度化が必要となることが指摘されていた。日本医師会は、自賠責保険新基準についての再確認と制度化に向けた今後の取り組みの促進を目的として、令和6年10月11 日に都道府県医師会自賠責保険担当理事連絡協議会を開催し、同年10月18日〜11月16日の期間で令和5年度に自賠責請求のあった医療機関に対してアンケート調査を行うことを周知した。その調査結果は令和7年2月17日の日本医師会労災自賠責委員会で報告された。総回答数2998件中、<今後も新基準を継続使用する>:58.0%、<これから使用する>:4.5%、<条件が合えば使用する>:21.6%、<使用する予定はない>:15.6%の結果であった。<使用したくない>との回答理由では、<自賠責診療の取り扱いが少ないため>が40.8%で最も多く、<新基準の理解不足>:32.4%、<新基準がレセコン非対応のため>:22.3%と続いた。制度の周知継続によって採用率が向上することが示唆された。

【交通事故診療の今後】 昭和59年の自賠責審議会答申において、三者合意による診療報酬基準が全国的に普及浸透した段階で、制度化を図るとの内容が盛り込まれているように、自賠責診療費算定基準は自賠責法・自賠責法施行令によって法制化されることが最終的な目標形態である。しかしその実現までにはなお多くの課題がある。当面は、普及浸透率の向上を図りながら、監督官庁である金融庁や国土交通省の局長通知等によって、現行新基準の制度化を図ることは現実的な選択であろう。交通事故医療には保険診療や労災診療と同等な第三者的審査支払い機関が存在しない。新基準が制度化された暁には、国土交通省や金融庁を保険者とするか、それが困難であれば審査支払い業務を担う第三者機関を立ち上げることも提案されている。被害者救済を目的とする自賠責保険にあって、建設的な議論と取り組みによって、被害者・加害者・両者の保険会社と医療機関との関係に新たな秩序がもたらされることが期待される。

(以上)

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